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川端安里人のシネマジプシー vol.10 ハリーとトント

FILM 2016.10.25 Written By 川端 安里人

最近こんなことを聞かれました。「安里人くんって映画見て泣くの?」もちろん泣きます。さらにこんなことも聞かれました。「知ってる俳優が出ていないとDVDパッケージを手に取りにくいんだけど、見る映画の幅を広げるにはどうしたらいいんだろう?」というわけで、今回はその二つの質問に答えるために「ハリーとトント」という映画について書きます。

1974年のアメリカ映画で、ポスターの通りおじいさんと猫が主人公です。別に俳優を知らなくても、監督を知らなくても「猫が出てるから」それがきっかけで映画を見始めるのもいいんじゃないでしょうか?もちろん、個人的にはこの映画をきっかけに60年代70年代のアメリカ映画、いわゆるアメリカン・ニューシネマを見るきっかけになってほしいという思いで書くんですが。

 

この映画、日本公開時にポール・マザースキー監督が劇場に駆けつけたそうなんですが、映画が終わる頃には観客の嗚咽が館内に響いていたとコメンタリーで語っています。まぁ、嗚咽するかはともかく自分も見返すたびに泣いちゃう映画です。でもね、いわゆる悲しいだけのお涙頂戴映画じゃないんですよ、もちろん。

 

主人公のハリー爺さんは72歳の元国語教師で、インテリだけど毒舌家。妻に先立たれてからは散歩も買い物もリールを結わえた猫のトントといっつも一緒。ところが終の住処だと思っていたNYのアパートが区画整理で取り壊されることになって、仕方なく郊外に住む長男一家の家に転がり込んだはいいものの、一家と折り合いがうまくいきません。仕方なくシカゴに住む娘やLAに住む次男の元に行くためにアメリカ横断の旅に出る、というお話です。

この作品、映画ファンの間ではハリー演じるアート・カーニーが「ゴッドファーザーpartⅡ」のアル・パチーノを抑えてアカデミー主演男優賞を受賞した映画として有名なんですけど、撮影当時50代には見えない彼の素晴らしく繊細な演技が物語を引っ張っていきます。品はあるけど堅苦しくない、観ればきっとハリー爺さんのファンになるはずです。

 

もちろん猫のトントも素晴らしいですよ。犬と違って猫は芸を覚えませんから、よく見ると本当に嫌がって逃げ出そうとしたりしてます。それでもその演技する気がないのが逆に作品の魅力にもつながっている。ハリーとトント、二人とも独立心の強いもの同士素敵な相棒感を出しているんですね。

もちろん彼らだけでなく、旅の道中で会う様々な人々、みんないい顔をしています。ハリーの娘役エレン・バースティンを始め名優さんも出ているんですけど、ハリーとトントが乗るタクシーの運転手さんとかは監督が撮影の道中に乗ったタクシー運転手のおばちゃんがそのまま出ていたり、キャストの大半はロケ先の地元劇団の世界的には無名の俳優さんたちです。でもね、本当にみんないい顔、いい演技してます。そんな俳優の枠にとらわれない素敵なアンサンブルキャストで物語が進んでいくんです。

 

そしてこの映画、ロードムービーです。主人公が旅の途中に様々な人と出会う形で物語が進行していくんですが、エピソードの一つ一つは結構独立しているんですね。例外はいますが、一回出てきた登場人物はそのシーンが終わったらもう出てこないわけです。ダンスが得意なマンションの大家さん、介護施設に入っている昔の恋人、留置所で一緒になったネイティブアメリカンの酋長などなどみんな素敵な人達なんですが、ハリーと別れてからどうなったのか、全くわかりません。

でも元来旅ってそういうものですよね。「あの時あの場所で出会ったあの人は元気にしてるかな?」「あれからあの人はどうしてるかな?」そんな懐かしいような、ちょっと寂しいような感覚。もしかしたらその感覚はスマホやfacebookの登場で無くなっていった感覚なのかもしれませんね。でもこの映画はその感覚を思い出させてくれる、そんな気がします。

お察しの通り決して派手な映画じゃないです。むしろ、親と子供、お互い歳をとってなんだか意思疎通が図りにくくなってしまった感じなんかは小津安二郎の名作「東京物語」のアメリカ版なんじゃないかと思いを馳せられるような静かな映画です。音楽のビル・コンティは「ロッキー」のテーマ曲で有名になった人ですが、本作の静かで優しい名曲揃いのサントラも負けず劣らず素晴らしいです。秋の長夜にしんみり映画に浸りたい。そんな気分にぴったりの映画だと思うので、猫好きの人もそうでない人も一度見てみてください。

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