REVIEW
素粒子たち
小野雄大
MUSIC 2020.07.20 Written By 峯 大貴

去勢された熱に再び火を灯す歌うたい

小野雄大はシンガー・ソングライターというよりも“歌うたい”と呼びたくなる人だ。筆者が初めてライブを見たのは2018年。下北沢の居酒屋<まぼねん>での弾き語りイベントで“nylon”を演奏し、次第に店内の観客と大合唱になっていったこと。今年の3月に代官山・晴れたら空に豆まいてで、彼がギター・ボーカルをつとめるアコースティックバンドうたたねを見たときに演った“焼け跡”の、静寂から突き抜けるような彼の咆哮に思わず息をのんだこと。あの身体がやぶけてしまいそうなほどに張り上げる歌声の迫力には何度も胸を打たれた。とにかく高揚感や切なさを歌で媒介しブワっと場を満たしていく、艶やかで朗々としたヴォーカリストとしての才覚ったら、小坂忠やハナレグミ、折坂悠太にも連なるものだと予見している。

うたたねは2020年1月にファースト・フルアルバム『ぼくらのおんがく』を発表した。監修・ミックスを手掛けたあだち麗三郎の手助けもあって、広大に景色が広がっていく健やかで抜けのよい作品であり、2013年の結成からメンバー4人で辿った物語を総括する仕上がりだった。小野と藤岡なつゆ(Vo / Key)が詞曲とヴォーカルを担い、対比することで生まれる歌の響きこそがうたたねの魅力であり、前述の“焼け跡”で聴くことが出来る彼の圧倒的な歌唱も、2人で歌うことの相乗効果が到達させたK点越えのハイライトと言えるだろう。

 

この『ぼくらのおんがく』リリースから半年。今度は小野雄大名義でのファースト・フルアルバムとなる本作『素粒子たち』を完成させた。プロデューサーに同世代の山田丈造(Tp / Flugelhorn)を迎えており、随所で歌に寄り添うトランペットの音色が本作のサウンドの象徴的存在になっている。また演奏には普段はジャズやブルースを主軸とするメンバーが揃い、ルーツに根差したストレートなバンド・アンサンブルはうたたねとは一線を画したアプローチだ。歌の役割も、景色の描写や声のパワーで聴く者の心を掌握することより、内省的な感情の機微や、等身大の姿を描いたストーリーテリングに重心が置かれている点もうたたねとは相反している。つまり“歌”そのものというより、小野の“個”がどっしりと鎮座しているのだ。

収録された13曲に通底しているのは、ある程度のことは分別がつく「大人」になって見えなくなったものや、社会に揉まれる日常の中で物事に向かう熱量が去勢されてしまっていることへの眼差しだ。フィリー・ソウルとファンクを行き来するM1“ひかりのなかへ”では「昨日もいい日で 何も悪いことはなかった」なんて日々の期待値は下がり切っているし、清涼感のあるブルー・アイド・ソウル調のM3“クレイジー・ラブ”に出てくる女性は「むかつくほど目を見て夢を語るから わたしつい癖でつぶそうとしたの」と夢を見ることに嫌悪感すら示している。そして代表曲であるM4“nylon”にも「したいことたくさんあるけども 僕たちはどうしようもない」と垣間見える少しの諦め……。自分の歩む道を選択することはそれ以外の可能性を閉ざすことであり、ふと振り返った時にはすでに出来ることが限られていることへの悟りと焦りが歌詞の端々に滲んでいる。
彼自身、今年30歳を迎えたそうだ。

本作はそんな生々しい不安や不器用さを孕みながらもシリアスにはならず、「熱ならば冷めないように」(“nylon”)と自らのパッションに火をくべて、どうにか前進していく姿勢にこそ魅力がある。M8“ロードムービー”では「お金を使うことはできるようになったけど 何か物足りなくてうわべのものは嫌で 早くまた集まろう 戻れなくなる前に」と、今はまだ起承転結の「承」にいるのだと自らを奮い立たせていく。一つのメロディを繰り返しながら徐々に熱量を帯びていく構成は佐野元春“コヨーテ、海へ”を彷彿とさせるし、「今はただ昨日とは違う道を探していくのさ」と歌うシャムキャッツ“完熟宣言”とも共通するスピリットを感じる。奥田民生だって30歳の時は“悩んで 学んで”で大人になることの盲目さに気づいて反抗していたのだ。
そういう小野も昨年末、サラリーマンを辞め、音楽の道に行くことに腹をくくったそうだ。

そんな本作のクライマックスはChuck Berry(チャック・ベリー)やBo Diddley(ボ・ディドリー)にまで遡るど真ん中のロックンロール・チューンM12“エブリシング”だろう。「どうあがいたって世界は複雑なもんさ その上自分でさらに絡ませるから」と憂いも含んだ冷静な眼差しで状況を捉えながら、それでも「エブリシング イズ オールライト」をシャッフル・リズムに乗せて何度も高らかにシンガロングする。常套句ではあるものの、この言葉通りに安直な楽観主義にはなれやしないご時世だし、一時的に現実逃避をしている場合でもない。彼の類い稀な「歌うたい」としての説得力を伴って放たれるソウルフルな「エブリシング イズ オールライト」には、「絶対大丈夫にしてみせる」という強い気概が現れた宣言として響いてくる。
本曲のMVもコロナ禍で撮影が出来ない中、逆手にとって全てZoomの映像だけで仕上げてしまったそうだ。

生きてきた日々は、あらゆるタイムリミットのカウントダウンでもなければ、その人のレベルや経験値を示すものでもない。まだ何も始まっちゃいないし、終わってもいないと信じていたい。繊細さ、折り合い、哀愁といった新たに沸き立つ感情の素粒子を全て歌へと昇華した、今の小野雄大そのものと言えるアクレッシブな作品。彼の歌には今、焼け跡になっていた聴く者の熱量にも火を灯す追い風が吹いている。

 

素粒子たち

 

 

アーティスト:小野雄大

仕様:CD

発売:2020年6月17日

価格:¥2,500(税抜)

 

収録曲

 

1.ひかりのなかへ
2.ブルーバード

3.クレイジー・ラブ
4.nylon

5.百日紅
6.Father’s drive
7.日常
8.ロードムービー
9.君の追い風
10.ささいな
11.月がない夜に
12.エブリシング

13.窓 

小野雄大

 

 

1990年7月9日生まれ、新潟県新潟市出身。

東京・横浜を中心に活動に活動するシンガーソングライター。

力強く優しい声と耳になじむメロディー、小説のような歌詞で、”生活のすきまにふと入り込む、風のようにそっと寄り添う歌”を歌う。

 

Webサイト:https://ydon79.amebaownd.com/

Twitter:https://twitter.com/ydon79

Twitter(情報アカウント):https://twitter.com/ydon_info

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