REVIEW
のろし
のろしレコード
MUSIC 2020.06.01 Written By 峯 大貴

日常の歯車が狂った後の世界で、未来を高らかに歌うためのセルフ・リロード

シンガー・ソングライター松井文、折坂悠太、夜久一によるレーベル&ユニット<のろしレコード>が、5月27日(水)に“のろし”を配信リリースした。現在は廃盤となっている1stアルバム『のろしレコード』(2015年)ではこの曲が松井のソロと、3人による“のろし(合奏)”で収録されていたが、本作では昨年のアルバム『OOPTH』でも彼らを支えたサポートメンバー<悪魔のいけにえ>(ハラナツコ、宮坂洋生、あだち麗三郎)も交えたバンド編成で再録されている。

 

 

ユニット名にも掲げられ、現在までライブの定番曲である“のろし”は、彼らの始まりの歌といえる。元をたどれば松井の楽曲だ。代わり映えのない毎日の中で、迷いや悩みは言葉にすら出来ないままぐるぐる流転していく自問自答。そんな内的世界から外へと繋がりを求めた孤独なメーデーを歌う曲として響いていた。そこから松井が折坂、夜久と結党して歌うようになり、“あのでかいビルからのろしをあげて 迎えにきてもらおう”と声を揃えて歌う部分は若きシンガー・ソングライターたちが新たなことを始める状況とも重なりあった。また折坂がスネアを叩き、夜久がベースを持って手弁当で鳴らした3人だけのサウンドの質感も含めて、<のろしレコード>そのものを体現する歌になっていったのだ。

しかしこのコロナ禍の自粛生活によって、今この歌はさらに異なる響きを伴うようになった。“一日中、誰にも会わないなんて 今まで無かったな”を繰り返す毎日だし、“いくら考えても ぼくにはノーベル賞はとれないし”とウイルスに揺らぐ時流を前にして自らの非力・無力に気を沈ませ眠りにつく。社会的な立場や考え方だけでなく、物理的にも分断され、同じ時間を共有しているのに混ざり合えないそれぞれの立場からの不安や主張が、もやもやと方々で立ち昇っている。そんな思いに「のろし」という曖昧さを孕みながら存在を可視化し、伝達する手段としての意味合いがフィットしているのだ。

 

今このタイミングで再録されたのは、単なる彼らにとっての原点回帰という意味ではなく、心の拠り所として聴く者の思いを引き受けるためのセルフ・リロードを目的としたような気概を感じさせる。松井、夜久、サビを挟んで折坂、と繋いでいく再録された歌唱は、市井にてんでばらばらとなっている、数多くの内の一つの声として響いてくる。そしてその声はハラのアコーディオン、宮坂のコントラバス、あだちのドラムを携えた楽団のサウンドに乗せられて賑やかに拡声される。もはやこの楽曲は3人を体現する歌に留まらず、サーチライトとなって、大衆に伝播し立ち昇ったのろしに光を当てていく。街のあちこちから煙が上がっている今の社会の風景を描いた歌に変化しているのである。

 

また1stアルバムリリース時から備わっているこの曲の特異な点は構成であり、後半パートは山之口貘の“歯車”の詩が歌われている。この詩は、フォーク・シンガー高田渡が有馬敲の“年輪”とつなぎ合わせて“年輪・歯車”とのタイトルで曲を付けたことでも有名だ。“年輪”は愛する人との出会いから別れて一人ぼっちに戻るまでを描き、“歯車”は靴やズボン、上着を探し回って堂々巡りをしていく。人生は回りまわって、元いた場所に戻ってしまうものだという悲哀が両詩に共通していて、高田はそこに興味を持ちこの二つを繋げたのであろう。それは“歯車”の後に再び“年輪”の一節に戻って終わるという曲全体の環状構造にも表れている。“のろし”の曲中に松井が“歯車”を引用したのは、そんな堂々巡りの日々の描写という共通点と、彼女のルーツにある高田渡の、詩をつなぎ合わせるアプローチとの接続にあるだろう。

 

しかし“のろし”では“年輪・歯車”にあった環状構造はとられていない。“歯車”の詩の後には、3人が歌詞もなく自由に声を発して重なり合い、物語を曖昧にしたままフェードアウトしていく。いや、曖昧なのではなく、まだ歌詞という形式としての言葉が与えられていない彼らの行く先を意気揚々と歌っているともいえるだろう。ここに堂々巡りな人生を悲哀のままで終わらせてなるものかという意地が伺えるのだ。これによって高田渡が描いたテーマとアイデアを引用しながら、ただ“年輪”を置換した“のろし・歯車”には収まらず、現代を歌う曲として進化させている。“年輪・歯車”を包含しながら、元いたところに戻って環状に閉じてしまうのではなく、どうにか目指す先を変えて螺旋を描こうとするパワフルな表現だ。そしてその螺旋の半径も、松井一人の歌から始まって、3人での合奏、そして今回<のろしレコードと悪魔のいけにえ>で再録され、社会を巻き込みながら名もなき世界を広げ続けている。

 

3人の始まりの歌であった“のろし”の火種は、今また新たに演奏しなおすことで、大衆にばら撒かれて広がっていく。そして彼らは日常の歯車が狂ってしまった後のこの世界で、なおも未来を高らかに歌うのだ。

『のろし』

 

 

アーティスト:のろしレコード

仕様:デジタル
発売:2020年5月27日
配信リンク:https://FRIENDSHIP.lnk.to/Noroshi

 

のろしレコード:松井文、折坂悠太、夜久一

悪魔のいけにえ(サポートメンバー):あだち麗三郎(Dr)ハラナツコ(アコーディオン)、宮坂洋生(Cb)

ミックス:あだち麗三郎

マスタリング:田中三一

のろしレコード

 

 

シンガーソングライター松井文、夜久一、折坂悠太によるレーベルであり、ユニット。

 

2018年冬より、ハラナツコ(サックス etc.)、宮坂洋生(コントラバス)、あだち麗三郎(Dr)をしたがえた”のろしレコードと悪魔のいけにえ”名義にてバンド編成でも活動中。

 

2019年10月には2nd album『OOPTH』をリリース。雑誌、WEBメディアに多数取り上げられる。ツアーは各会場、チケット完売が相次ぎ、各方面より話題に。

 

日本や世界のルーツミュージックを独自に咀嚼し、うたを追いかける旅人たち。それぞれ違った形の個性が集いこの時代ののろしを上げている。

 

Webサイト:https://noroshi-record.com

Twitter:https://twitter.com/noroshi_record

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