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シネマジプシー – 山形出張編 Day1 –

「本来映画祭というのものはどんなスターが来ただの、どの作品が売れるだのって騒ぐ場所じゃないでしょ?(中略)ここは上映される機会の少ない、でも質の高い作品が集まるところ。そしてそれを観て語り合うための場所」映画祭と聞いて何を想像するかは人それぞれだと思いますが、個人的にはアメリカのアニメ『サウスパーク』でMr.ハンキーが話したこの言葉ほど“良い映画祭”というものを的確に示した言葉はないと思っています。

どうしてこんなことを言い出したかと言いますと、京都から約700キロ離れた山形で行われる「山形国際ドキュメンタリー映画際2017(以下YIDFF)」に来ているからです。私ごとで恐縮ですが、2年に一度開かれるこの映画祭の大ファンでして、今回が10年越しで5回目の参加です。先ほど先ほど引用した『サウスパーク』のセリフ同様の素晴らしい映画祭だと心底信じて疑わないからです。ということで、今日から約一週間毎日朝から晩まで映画漬けの生活を送りつつ、映画旅日記のような形になるのか、ちゃんとレポートに仕上がるのか若干心配ではありますが、ここ山形から映画祭のレポートをしようと思います。

ですがその前に、なぜ“京都のカルチャーを発信する”と銘打っているアンテナで山形の映画祭の話をするのか?そのことを書かないといけませんね。少し長くなりますがちゃんと説明したいのでもう暫く付き合ってください。

 

この映画祭の発起人は小川紳介という監督さんです。最初は学生運動のドキュメンタリーを撮り出したことがきっかけで、その後日本ドキュメンタリー史に残る大傑作『三里塚』シリーズを制作した人です。おそらく自分と同世代やもっと若い人には「三里塚」は聞きなれない地名だと思いますが、今現在の成田空港のある場所は一昔前までこの名で呼ばれていました。ところが国が空港建設のために地元の住民を追い出そうとした結果、地元住民と彼らに賛同した学生運動家対警察と機動隊の衝突が起こります。その事件の真っ只中に地元の農民たちに寄り添い、カメラを回し続けたのが『三里塚シリーズ』です。このシリーズを進めるうちに農業に関心を持った監督は山形に移住し、そこで住み、農業で働きながらその土地のドキュメンタリーを制作していくきます。『牧野物語 養蚕編』や『ニッポン国古屋敷村』などどれも素晴らしい映画です。そうして13年という膨大な制作期間ののちに完成したのが村の伝承を有名俳優たちを起用し実写化、それがドキュメンタリーと融合するという大傑作にして彼の事実上遺作となる『1000年刻みの日時計 牧野村物語』へとつながります。

そして、この『1000年刻みの日時計 牧野村物語』上映専用の映画館が作られたのが京都です。具体的には1987年の夏、千本五条あたりに出現した鬼市場 千年シアターと呼ばれる丸太や藁などで作られた手作りの映画館。そのドキュメンタリーを見るとまるで映画の上映そのものがある種の祝祭のような多幸感に包まれます。

山形でドキュメンタリー制作に尽力し、アジア初となる国際ドキュメンタリー映画祭。そしてほぼ同時期に同じ監督によって京都に作られた手作りの映画館。千年シアターはもう影も形もありませんが、山形は今や世界から注目を集める映画祭に成長しました。ペドロ・コスタ、王兵(ワン・ビン)、アピチャッポン・ウィーラセタクンらを初めとした今や世界から注目を浴びる監督を最初期に日本で紹介し、国際的評価の礎を気付いたのもこの山形国際ドキュメンタリー映画祭です。

 

映画祭にはオープニングセレモニーというものがあります。いわゆる開幕の挨拶なんですが、映画祭なので、オーオプニング上映というものがあります。今回のオープニング上映もまた京都に非常にゆかりのある松本俊夫監督の作品でした。『西陣』、『銀輪』、そして『つぶれかかった右眼のために』です。

 

松本俊夫監督は日本を代表するアヴァンギャルド映画作家にして、実験的なドキュメンタリーや劇映画を制作していた人でして、京都芸術短期大学、今の京都造形芸術大学の教授だった方です。正直自分がどーのこーのと書くよりも著作『映像の発見ーアヴァンギャルドとドキュメンタリー』を読んでください、本当に名著です。

 

アヴァンギャルドはこの内面を、ドキュメンタリーは世界の外側を描いていると思われがちだが突き詰めると映像として陰陽のようにお互い目を補完しあう存在であり、両方に目を向けないといけないというようなことが書いてあって、映画に関係がなくても物の視座として非常に興味深く勉強になる一冊です。

 

オープニングセレモニーのことを細かく書いていると字数が足りなくなるので割愛しますが、その名の通り京都西陣のドキュメンタリーである『西陣』をはじめすべてDVDなどで見たことのある作品だったのですが、今回改めて見直して衝撃を受けたのは『つぶれかかった右眼のために』です。この映画は三つの画面を同時に再生するというマルチプロジェクションの作品、言い換えるならば映像のコラージュなんですが、ついに念願の3本のフィルムによる同時再生という公開当時とほぼ同じ環境での鑑賞をすることができました。もちろんDVDと画面自体は同じはずなんですが、一体なぜでしょう。

 

デジタル化の際に消えてしまった、スクリーンの余白、その霞のような存在がたまらなく物質的でなんとも言えない魅力と映像の持つ暴力性や呪術性といったものを解き放っていました。映画祭はまだこれから日の目を見るであろう映画を発見する場所であるとともに再発見の場でもあるんだなと痛感した次第です。

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