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LIVE HOUSE DEWEY

MUSIC 2017.06.22 Written By キャシー

京都・木屋町に店を構えるライブハウス、DEWEY。その出演者のラインナップには胸にグッとくるバンドがたくさん名を連ねています。店長の牧野さんは現在、何とたったお一人でDEWEYを営業しているのだとか。ブッキング、リハーサルやライブ中のPA、ドリンクカウンターなどで毎日大忙しですが、そんな牧野さんはDEWEYに出ているアーティストを指して一言、「俺が良いなと思うバンドが出てます!」と言っています。これほど単純明快でまっすぐな言葉に嘘があるはずがありません。間違いなく素敵なイベントを用意して待っているDEWEYで、とっておきのグッドミュージックに出会いに行きましょう!

住所

京都市中京区河原町三条下ル二丁目山崎町246クラリオンビル地下一階

営業時間

公演次第

電話番号

075-755-8747

公式サイト

http://kiyamachi-dewey.com/index.html

今回は店長の牧野大志さんにお話を伺いました。

店が完成してないのに、まだ見ぬライブハウスのブッキングをしてたんですよ

──

DEWEYのオープンはいつですか?

牧野

2011年10月1日オープンだね。5年半くらい前です。

──

DEWEYの名前の由来は?

牧野

『スクール・オブ・ロック』っていう映画が好きで、ジャック・ブラックが演じてる主人公の役名がデューイって言うんだけど、そこから取りました。俺、教育大出身なんだけど、店にDEWEYって名前を付けた時みんなに「おおっ」って言われて、どうやら教育学者にジョン・デューイって言う人がいるらしいね。そこからつけたんだと思われたみたいだけど、俺は全然知らなかった(笑)

──

DEWEYを始めるまでは牧野さんはどのようなことをしていたんですか?

牧野

京都の七条にあるAFTER BEATっていうライブハウスで働いてました。でも、以前からAFTER BEATは入居してるビルから立ち退いてくれって言われていて、ある日俺が出勤したら他のスタッフから「遂に店が立ち退くらしいぞ」って話を聞いて。……まぁAFTER BEATってまだあるんだけどね。

──

あれ?立ち退いたんじゃなかったんですか?

牧野

移転したの。実はそこにはちょっとした思惑があってさ、オーナーが「店無くなっちゃうし牧野が新しい店を作ればええやん」って言うから、俺もじゃあ作るかって始めたんだけど、どうやらオーナーは初めから今の店を別の場所に移転するつもりだったみたいで、でも残りのスタッフを整理しなきゃいけなかったから俺に店を作るようにけしかけたんだよね。俺の店のオープンの方が1ヶ月早かったんだけど、俺が告知を始めた途端にいろんな人から打ち明けられた話によるとAFTER BEATが店を閉めますって言ってから、マスターはマスターで俺には内緒でいろんな人から移転資金を集めてたらしい(笑)

──

そんな経緯でDEWEYを作ることになったわけですが、この物件はどうやって見つけたんですか?

牧野

4月末にAFTER BEATの立ち退きが決まってから色々と物件を探し始めて、7月末に閉店してからは、8月中に物件を決めようと思って本格的に毎日ぐるぐる見て回ってた。あまりにも俺が決められないもんだから不動産屋にも「いい加減決めてください。どこが問題なんですか?」って言われてさ。でも「お金がないので本当に一発しか打てないんです。やる気はあります」って言いながら回り続けてたな。それこそ現在のRADminiとか、Blue Eyesの物件とかも見に行ってたよ。で、今の店の物件は平面図で見るとすごいちゃちかったし本当はもっと郊外でやりたかったんだけど、まぁ後学のために一応見とくかって思って内覧に来たら、最初からこのカウンターもちっちゃいステージもあって「これ、もうそのままで営業出来るやん」って思って。いろんな人にも見に来てもらって意見聞いて、ようやくここに決めました。オープンして半年くらいはそのちっちゃいステージでやってたんだけど、その後、今のステージを手作りしたんです。

──

手作りなんですか!?

牧野

工作に強い友達がいたから、ホームセンターで木を買ってきて当時一緒にDEWEYで働いてたスタッフの谷川と3人で作った。だから費用もすごく安くて、3万円もかかってないんじゃないかな?あと、店の塗装も業者に頼んだら費用が大変なことになるから、バンドマン十何人に集まってくれって言って全員総出で塗りました。だから多分他のライブハウスと比べたら最初にかかってる費用がすごく少ないと思う。お金がかかったのはほぼ防音工事かな。 

前のお店は壁が真っ赤だったらしく、それを黒に塗り替えたとか。その名残がバーカウンターの下にも
──

オープン当初、大変だったことは何ですか?

牧野

オープンまでのドタバタした時期はもう二度とやりたくないな。ここの工事をしたのは嫁の実家の土建屋さんなんだけど、9月から着工、10月1日にはもうオープン。

──

そんなに短い期間で出来るものなんですね。

牧野

だから工事しながらブッキングしてたよ。まだ完成してなくて中身も見たことないハコに「出ぇへん?」って声掛けて。防音の工事中って中入れないのね。換気扇もついてないし溶接とかをしてるから入るなって言われてて、仕方ないから家でブッキング作業とかをするんだけど、もう落ち着かなくて。

──

プレッシャーだったんですね。

牧野

そりゃプレッシャーはあるよ!本当に営業できるんかなとか、1年以内に潰したりしたらどうしようとか。

──

オープンしてからもしばらくプレッシャーは続きましたか?

牧野

オープンしてからはまだ楽だった。作ってる最中は実体のないところのブッキングをしてるわけだから「ホンマに大丈夫?」みたいな気持ちがずっとあったので。今となっては笑い話だけど、あの頃には二度と戻りたくないな。

ライブハウスだったら他のことよりは知っているし、他の人よりもアドバンテージがあるんじゃないかなって

──

牧野さんの音楽活動のスタートはいつからですか?

牧野

高校の時に軽音部に入った時からかな。峰山高校っていうめちゃめちゃ田舎で。大学で京都市内に出てきたけど、バンドサークルに加入してそのまま授業もほとんど行かずに中退して、その後もプラプラバイトしながらその時大学で組んだバンドをやってて……何か殺伐としてたなぁ。

──

殺伐と、って言うのはバンドがですが?

牧野

俺のバンドがっていうよりは、その当時の人たちってみんな「俺が一番偉いし」っていう気持ちが少なからずあるからか、全体的に殺伐としてたのね。仲良くなるバンドもすごく少なかったし。今の人たちはみんなちゃんと横の繋がりを作ってて偉いなと思う。俺、ライブハウスも嫌いだったしね。

──

え?ライブハウスをやってるのに!?それはどうしてですか?

牧野

ライブハウス独特の社会がどうも好きじゃなかった。当時やってたMECA-MARYっていうバンドでいろんなハコに出たけど、行ったらそのハコには先輩のバンドがいて完璧な権力ピラミッドがあって「だるいなこれは」と思ってた。「俺、別にお前の後輩じゃないし」みたいな。

 

実は、MECA-MARYをやってた時に「もうバンド辞める!」ってなったことがあって。当時MECA-MARYが人生で一番大事なことだったんだけど。

──

どうしてそんなに大事なことだったのに辞めようって思ったんですか?

牧野

バンドのメンバーと上手くいかなくて。ある時俺が吹っ切れて「もう辞める!」って言い出して髪の毛を丸坊主にしたことがあったんだけど、思えばその時が気持ち的に一番楽だったね。何か、バンドを人生の優先度の一番目にしなくなった途端に見えるものがバーッて増えたような感覚があって、そこからのライブの方がむしろ評判が良かった。で、結局MECA-MARYはやり続けるんだけど、それからライブハウスの仕事をやり始めたのよ。それは、今の嫁さんのお義父さんが「今食えなくてもいいから10年後に食える仕事を探しなさい。飯食えへんかったらうちに食いに来たらいいから」って言ってくれたからなんだけど。

──

良いお義父さんですね。それをきっかけにライブハウスで働き始めたということですが、音楽以外の仕事をしようとは思わなかったんですか?

牧野

27歳くらいまではずっとバイトで夜間の警備とか道路整理とかしてたんだけど、そしたらお義父さんから「世の中にはこんなに職業があるのに、何で警備員なんや。何か他に仕事を考えろ」って言われて。でもこれから何か始めるって言ったって、例えば今さらコンビニ経営しますって言っても勝手がわからないでしょ?その点、ライブハウスだったら他のことよりは知っているし、他の人よりもまだアドバンテージがあるんじゃないかなって思ったから。

──

例えばどこかに就職するとかは考えなかったんですか?

牧野

どこに就職していいかがわからなかったもんね。やりたい職業が無かったし。自分のやりたいことしか本当に一生懸命には出来ないでしょ?その点、ライブハウスの裏方をやることに対してはあまり抵抗もなくて、まだやりたいことの中に入るなあって思ったというか。あとは、ライブハウスなら自分もバンドやりながらでも出来るかなと思って。実際にAFTER BEATで働いてた頃って、1か月に1回くらい自分のバンドのイベントを組んでたんだけど、それがその月の店の一番の目玉なんだよね、恥ずかしながら。モーモールルギャバンとか、紺風少年とか呼んでさ。自分がやりたいことが店に還元されてるし、めちゃくちゃ盛り上がるし、一番手っ取り早かったから。

──

ライブハウスで働くことに対しては、全く迷いはありませんでしたか?

牧野

働いてみたら何とかなるかなと思った。それにこれは酷い言い方かも知れないけど、当時は「どうせ俺の方が出来るやろ」と思ってたというか。

──

尖ってますね(笑)。

牧野

でも、そういうもんなんじゃない?自分で店作ったり会社作ったりする奴っていうのは、「俺やったら何とかなるんちゃうん?何とかなってくれよ」っていうくらいの気持ちじゃないととてもじゃないけど作れない。100%大丈夫なんて思ってるわけないよ。それに、どうせしんどいだろうけど、多分これだったらしんどくても出来るなっていう気持ちがあるからやれるんだよね。

──

ライブハウスを辞めたいと思ったことはないですか?

牧野

辞めようとまで思うことは無かったな。この店も、弱音じゃないけど「もーこれしんどいわ、店畳むか」ってことをポロッと嫁さんに言ったことがあったけど「どうせもう一回やりたくなるから続けといた方がいいよ」って言われて、確かにその通りやなと思った。

──

何だかお義父さんといい奥さんといい、良い理解者ですね。

牧野

ありがたいですよ。だからこそ退くに退けないというか。ま、この店もいつまで続くかわからないけど。いやもちろん、一生やるつもりではいるけどね。

 

DEWEYには俺が良いなと思う人たちが出てます!

──

DEWEYではどういう基準でブッキングをしているんですか?

牧野

ちゃんと良い音楽をやっている人。これ愚痴みたいになっちゃうんだけど、あんまり良くないなっていうライブでも友達がたくさん来て盛り上がって出演者が「俺たち一番偉い」みたいな雰囲気になるイベントって、絶対違うと思ってるのね。ライブハウスとしてはもちろんたくさんお客さんを連れて来てくれるのはありがたいんだけど、でも俺はそういう人よりも、ちゃんと良い音楽をやっている人をチヤホヤしたい。谷川がいた頃は「今は儲からなくてもいいから、後に繋がることをしよう」って話をよくしてたな。お客さんを呼べないバンドの方が絶対売上は低いんだけど、でもまずちゃんと良い音楽をやるバンドを呼びたい。それをしばらく続けていかないと意味がない。言葉は悪いけど、しょうもなくて客が来てわちゃわちゃしてるライブがずっと続いたって、その時は儲かったとしても絶対に後々苦労するから。

──

良いなって思うバンドには何か共通点はありますか?

牧野

何だろう?「うおおぉぉ!」ってなるバンドかな?(笑)上手く説明できないなぁ。

──

音楽を説明するのって難しいですよね。文章で説明出来るものじゃないからこそ音楽してるんじゃないのかな、とも思いますし。

牧野

よくあるバンドや音楽の紹介文に対しても「そこまで説明しちゃうのもちょっとな……」みたいな気持ちもあって。もちろんそれをちゃんとかっこよく説明できることが一番偉いと思うし、そこに憧れてるっていう前提はあるんだけど。

──

例えばDEWEYに出ている中で、このバンドはすごく良い!っていう人たちは?

牧野

お客さんが一番踊ってたのは夜の本気ダンス。音楽で身体を揺らすっていう能力が飛び抜けてるのは確実にもるつオーケストラ。あの人らはちょけてるのが前面に出されてるけど、他のバンドがやろうとして掴みきれてないリズムみたいなのを持ってると思う。ガンッて身体が動くのって大事でしょ?それを手に入れてるバンド・手に入れてないバンドってきっとあると思う。

牧野

あとね、俺よくカウンターの中で号泣することがあるんだけど、竹原ピストルのライブで号泣したな。あと、こっぺぱんバイオレンスが解散することになった時、無理やりうちでワンマンライブをさせたんだけど、その時にやった「夜に唄えば」っていう新曲がもうほぼDEWEYの帰り道の歌でさ。それ聴いた時にもう嗚咽洩らしながら泣いたな。他にもこの前の周年の夜ハ短シとか、演奏終わってパッと照明が明るくなったら、お客さんめっちゃ泣いてるのね。まぁ俺も泣いてるんだけど。そういう言葉の力が強い人たちがものすごく好き。IKIMONOとかも歌詞がめちゃくちゃ好きなんだよね。

──

DEWEYは歌が立っているバンドがたくさん出ているイメージがあります。そういうところを大事にされてるのかなって思ってました。

牧野

「歌が立ってる」か……そうかもしれない。

──

牧野さん自身がそういう音楽を良いなって思うから、自然とブッキングにもそういうバンドが集まるんでしょうね。

牧野

そうそう。完全に、DEWEYには俺が良いなと思う人たちが出てます!

──

「自分が好きなバンドが出てる」って迷いなくハッキリ言えるライブハウスって、すごく素敵だと思います。

「楽器を持っていない時に音楽が良くなる人になりなさい」

──

牧野さんは現在、前田サンシャインオフィス(以下、前田SO)というバンドでボーカルをしていらっしゃいますが、自分がライブをする時に意識してることはありますか?

牧野

俺、MECA-MARYの時は自分のライブ映像とか見れなかったんだよね。でも今前田SOではそれが見られるようになって楽しい。MECA-MARYの時に観に来てくれてた人が前田SOを観たら、あまりの違いに「嘘つけお前!」って絶対思うんだろうけど。前田SOでは自分で曲を作ってないし歌詞も一つも書いてなくて、でもむしろ人が作ってきた曲を歌うのがすごく楽しい。

──

確かに、人が作るものって自分では予想もしないものが出てくるんですよね。

牧野

そう。前田SOって変な歌詞多いじゃん。でもガンッて歌えるのは「これ、俺が作ったんちゃうねん!作ったのサックスのこの人ですよ」っていうのがあるから。そういう意味では、すごく楽。MECA-MARYの時は「良いバンドですね」って言われたら「ハァ!?お前に何がわかんねん」って感じだったけど、前田SOは「良いバンドですね」って言われて「はい、良いバンドだと思います」って普通に言えるもん。それはきっと前田SOが人生で一番大事なものではないからで。もっと大事なものがあって、良い意味で力を抜いてやれてるからこそ、すごく楽しいんだよね。

 

ステージ上では当然、かっこいい音楽を追求してやる奴が一番立派だと思うけど、そこから降りた時はもっと視野が広い方が音楽がより良くなったりするんじゃないのかな?離れた時に見えるものってものすごくたくさんあると思うし、絶対音楽にも反映されると思う。例えば女の人が「子供産まれてからも音楽出来るんですかね」って言ったりするけど、お母さんにしか歌えない歌って絶対あると思う。これは人から言われた言葉なんだけど、「楽器を持っていない時に音楽が良くなる人になりなさい」と。人生経験がフィードバックされてそのまま音楽の力に変わる人になりなさいっていう意味だと思うな。

──

前田SOは、音楽に特別詳しい人じゃなくても楽しめるのが、すごく良いなと思うんです。

牧野

音楽をたくさん知ってるってことも大事だけどね。でも、この前ある人にめっちゃ説教したのが、すごくスキルの高い人たちなんだけどちょっと頭でっかちになってて……だから「ちょっと待て。自分ら絶対、俺らはこんなにすごいのに素人にはわからへんって思ってるやろ。でも、素人がお金出すんやで。今の言動で素人がお前らにお金出すと思ってんの?」って言いましたね。世の中ってほぼ素人でしょ?プロって、素人を満足させるためにいるはずなんだよね。もちろんそりゃ玄人にも受けるに越したことはないし両方出来るのが一番偉いんだけど、「どうせ俺らのやってることは素人にはわからへん」って言ってるやつが音楽で食えるわけないって言ったら、大分ショックを受けてたな。

──

現在は谷川さんが辞めて牧野さん一人でDEWEYを営業しているとのことですが、お一人になって大変なことは何ですか?

牧野

いろいろしんどいけど、ブッキングが埋まらないことかな。毎日店を開けてPAもやってるとブッキングをやる時間がなかなかなくて。だから1年前からは稼働日を減らした。あと、せっかく空いてるならアホみたいな面白いイベントしたらいいわと思って「DEWEYで遊ぼう」っていうめちゃくちゃ気軽に楽しめるような企画をしてみたり、空いた金曜日はバー営業をしていたりするね。案外、そういう時に来てくれた人との話の流れで「こんなイベントしようぜ」っていう話が生まれたりもするよ。バーの時に音源持ってきてくれたりとかね。

──

最後に、これからDEWEYをどうしていきたいですか?

牧野

もっと面白いイベントが増やせたら良いなと思う。例えば、どうしてもブッキングが空いてしまったからどうにかしなきゃって組んでる日も完全に無いとは言い切れないから、そういうのを無くしたいな。まぁでも無いものねだりだと思うんですけどね。まずは誰か良いスタッフを見つけることからやな!誰かいませんか?いきなり店のNo.2になれますよ!アンテナを見ているあなた!こちらまでご連絡を!!

info@kiyamachi-dewey.com

(@を半角@に)

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